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 仙台 渡邊秀樹

 仙台住 渡邊秀樹ブログ

宍戸清孝さん 写真展  イタリア激戦地 442


 






私は その恩恵を受けている


















 





















































 




























アメリカでの 14年間



私は日本人として 差別的な言葉を 投げかけられた事は無く



露骨に 見下された態度を とられた事もありませんでした





タフでならした バイククラブでも同様





かえって、日本人 という事で、


敬意を以って接せられる事の方が 圧倒的に多かったものであります



それが、80年代後半から 2000年代前半にかけて



私が感じた 極々自然な 空気だったのですが








直接的 にでは無いにせよ

多くの先輩方の、血と汗、 忍耐 努力の賜物


その海の中で

泳がせて頂いていたのだなぁ と 回想する


帰国後、最近の 私であります








日本からの アメリカ本土移民


特殊技術や 知識経験を吸収するための 短期的な方たち以外、


多くの移民1世の方々は 漁業、農業を生業として定住を試みましたが


当初 社会的地位は低く

教育等の環境にも 恵まれているとは いえませんでした




特に、2世世代には、排日移民法等もあり


土地の所有、学校教育から、日用品の買い物まで


日常生活全般にわたり 人種差別が存在しておりました



ジャップと呼ばれ 蔑(さげす)まれていた時代であります







第二次世界大戦 真珠湾攻撃直後から


ハワイ在住日系人の方々は 敵性外国人とされ 



アメリカ本土に居た 日系人1世、2世の方々は

強制収容所に隔離されます





日系人の一部は、 強制収容に対し、法に則り、法に訴え




一部は、

日系米兵として 命を差し出し


アメリカへの忠誠を 態度で示します




はからずも、

アメリカ合衆国軍史上 最も多くの勲章を受けた部隊が

この 日系人部隊なのでありますが



残念な事に、終戦後も

日系人への差別は 根強く残っておりました






しかし 彼らは、

差別者と 敵対するではなく


デモや暴動に うったえるではもなく




戦地から戻り、又は、強制収容所を出たのち



大学に復学し、医学、法学、政治、等を学び、


また、財産を全て失った状態から、農業、商業へと


文字通り、ゼロから 歩みなおし



地道に、粛々と、その社会的地位の向上のための

努力を 重ね続けたのであります






もちろん 戦後、日本の復興

60年代、70年代と 工業製品、商業分野での発展が

同時に進んでいた事も 加味されての事でしょう



質が高い、 礼儀正しく、勤勉、実直

という様な 日本という国、日本人の印象、日系人の立場は


劇的な変化としてではなく

着実に、確実に 向上していったわけでありまして



現在では アメリカ本土で 多くの日系人の方々が


農業、商業、芸術

教師、医者、弁護士、警察署長、市長、州知事、下院・上院議員として 活躍しておられます






私が アメリカに遊んだ 14年間は


地道な努力の後、日本人差別もほとんど影を潜めた


「 良い時代 」 だったのです






恥ずかしながら

私が、それらの事実に 注目し始めたのは


帰国後の、 ほんの ここ数年




きっかけは、

震災後 仙台で催された 「 尊厳の藝術展 」であり

渡邊秀樹 ブログ 「尊厳の藝術展」訪問記事






その後、友人の高橋さんから


私の地元 仙台で既に 30年以上、



アメリカ本土、ハワイ、ヨーロッパへ 日系米兵や その足跡をたどり


本も出版されている 宍戸清孝さん という写真家の御名前を お聞きしまして




その著書 「 JAP と呼ばれて 」を

何度か ひで屋のブログで 取り上げておりましたところ






ある日突然、当の宍戸さん御本人が


知古の写真家 大沼秀樹さんを伴って 拙店に お見えに為られたのです







興奮しました



狭い仙台の有り難さ



約6年間の ひで屋営業中 突出した嬉しき驚きの 出来事でありました







 









私が 知らず知らずに 受けていた恩恵への 報恩は




語り継ぐこと







2015年、

既に多くの日本人、日系アメリカ人の 大戦経験者が お亡くなりに為られ


生の声を聴く機会が なくなりつつありますが




今は叶わぬ、

ダニエル・イノウエ氏を 遠くに見た時の印象、そして対面、撮影時のお話



エリック・シンセキ氏との 握手、撮影時の模様



そして今回出展、イタリア激戦区の お写真についても


1枚、1枚、

写真を撮った時の状況、なぜこの場所で この構図を云々


熱く 説明して下さった






約30年に渡る 宍戸さんの 撮影された御写真、インタビュー


そのインタビュー時の 印象、感慨等



さらに 次の世代の方々に

伝え継げられればと 想うのであります






生の声による逸話に 勝るものは なし







喜びと使命 御縁に 感謝するばかりであります















宍戸清孝氏





















*故ダニエル・イノウエ 上院議員

アメリカの歴史上 アジア系アメリカ人が得た地位としては 最上位のものとなる

上院仮議長となった(大統領継承順位 第3位の高位) 元442連隊 名誉勲章受章者

オバマ大統領も 初めて影響を受けた政治家と語っている





*エリック・シンセキ 元陸軍参謀総長

1999年、アメリカ陸軍 制服組のトップである

第34代 陸軍参謀総長と成った 日系三世

442連隊 受勲式の折、クリントン大統領は 

「今の貴方があるのは、この方達の血と努力が~」と語る














私に 宍戸清孝さんの事を 教えて下さった ケンタウロス 高橋さんを お誘いして















 













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プロフィール

HN:
渡邊秀樹
年齢:
51
性別:
男性
誕生日:
1966/01/16
自己紹介:
「勇猛精進」
三船十段 書

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